「机4つでいっぱいの小部屋」から始まった ── 学長のTableauだべる会を聞いてきた
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諏訪Challengers Academy 取材担当
はじめまして、取材担当の諏訪と申します。現場に足を運んで、そこで働く人の生の声と空気を持ち帰るのが役回りです。今回は、学長トミオが8月に開いたオンラインイベント「いまTableauが狙い目らしい 〜元1人目営業トミオとだべる会〜」を聞いてきました。以下、当日の内容をレポートします。
学長がZoomで開いた、50分ほどの「だべる会」。がっちりしたセミナーではなく、古い写真を映しながら雑談する会でした。ただ、聞き終えてみると、これは記録に残しておくべき内容だと感じました。外資ITの日本法人が立ち上がっていく過程を、当事者の記憶で聞ける機会は、そう多くありません。
会のタイトルは「いまTableauが狙い目らしい」。ですが、これは「昔と同じ売り方がまだ通用する」という話ではありませんでした。当日の内容を先にひとことでまとめるなら、こうなります。製品を見せれば売れた時代は終わった。いまのTableauの営業は当時より難しい。そしてそこには、当時とは違う種類の面白さがある。 学長の昔話は、その落差を測るための基準点として語られていました。本レポートもその順でお伝えします。
日本法人の全景は、机4つだった
2013年、学長はTableau Softwareの日本法人に国内1人目の営業として入社しました。そこにあったのは、机を4つ並べたらそれでいっぱいになる小部屋。会議室はありません。その部屋が、Tableau日本法人のすべてでした。
ちなみに「ゼロから立ち上げた」と紹介されることの多い経歴ですが、当日の学長は、そこを自分で訂正していました。オフィス自体は既にあったのだそうです。先に着任していた社長の浜田氏と、1人目セールスエンジニアの並木氏が決めていた場所でした。つまり学長が入った時点で、日本法人は3人。机には、まだ余りが1つあったことになります。
そこから学長が在籍した約5年で、組織は80人規模に。そして現在は約300人規模になっています。当日は2013年5月の写真も何枚か映されました。上場のお祝いをした夜の写真、来日した本国の幹部たちとの会食の写真。小さなチームが節目のたびに集まって祝っている様子が印象的でした。
ピクサーの技術から生まれたプロダクト
Tableauという製品の出自についても、丁寧な説明がありました。
Tableauはスタンフォード大学発のベンチャーです。創業者の一人であるパット・ハンラハン氏はコンピュータグラフィックスの研究者で、ピクサーの初期メンバーでもありました。アニメーションを描画する技術をデータの可視化に応用したのが、Tableauの出発点だといいます。
データベースに問い合わせた結果を、その場で即座にグラフとして描き出す。当時、データ分析といえば専門家の領域だったところに、この「触った瞬間に絵が変わる」ソフトウェアが20万円で登場した。そのインパクトが、Tableauの急成長の原動力だったという説明でした。
デモを見せれば「Wow」が起きた ── ただし、これは当時の話
当日は、実際にTableau Desktopを立ち上げた実演もありました。使われたのは10年以上前から変わらないサンプルデータ「スーパーストア」。ホームセンターの販売データ10万行です。
売上を年で見る。四半期に割る。カテゴリーで並べ替える。地域で切る。利益を色で塗る。すると、赤字の商品が画面に浮かび上がる。ここまで、すべてドラッグ&ドロップ。数式は一つも書いていません。

学長によれば、当時はこのデモを見せると商談の空気が一気に沸いたそうです。Excelのピボットテーブルで同じことをやろうと苦労してきた人たちの目の前で、1分で答えが出る。思わず声が出る、いわゆる「Wow」の瞬間です。デモだけで大きな契約が決まったことも実際にあったと振り返っていました。
ただし学長は、ここにはっきり釘を刺していました。それは、誰もこういうものを見たことがなかった時代の話です。いまはBIツールという概念が普及し、競合も無数にあり、生成AIまで登場しています。「見せれば驚いてもらえる」市場はもう存在しません。では、いまは何で勝負するのか。それが後半の話につながります。
「お題」が出てこない市場で、どう売るか
個人的に、当日いちばん聞き応えがあったのはこのパートです。参加者からの質問に答える形で、当時の営業スタイルが語られました。
質問は「案件はコンペが多かったのか」というもの。学長の答えは、コンペ型の案件はほとんどなかった、というものでした。ただしその理由は「競合がいなかったから」ではありません。お客さんの側が、お題を出せる状態ですらなかったからです。
知名度がない。「BIツール」と言っても通じない。要件を書いてもらう以前に、そういう道具が世の中にあることが知られていない。RFP(提案依頼)が降ってこないのは、降ってくるだけの認知がなかったからだ、という説明でした。
しかもTableauは、基幹システムのように「ないと業務が止まる」ものではありません。極端に言えばExcelでも代替できてしまう。だから営業は、課題の啓蒙から始めるしかなかったといいます。
まず現場の数人に使ってもらう。その人たちが社内で薦め始める。別の部門にも広がる。社内ユーザー会を開き、ハッカソンを開催し、グッズを配る。そうして使う人が増えていくと、いつの間にかそれが社内の標準になっていく。学長はこれを、営業というより布教活動に近かったと表現していました。
RFPについては、印象的な補足がありました。いきなりRFPが届く案件は、その時点で別の誰かが先に入り込んで要件を書かせているのだから、最初から勝負がついている。これはTableauに限らず、あらゆるソフトウェア営業に共通する話だそうです。だからこそ、要件が生まれる前の段階から関与する。土俵に上がるのではなく、土俵を作るところからやる営業だったということでした。
土壇場で止まった案件と、翌日九州へ飛んだ上司
外資ITの営業には劇的な場面がある、という文脈で、忘れられない案件の話も出ました。
大手の外食チェーンへの全社導入案件。東京のIT部門との商談は順調に進み、あとは発注を待つだけ。ところが土壇場で、九州にある本社の役員から「そんな話は聞いていない」とストップがかかったそうです。四半期末を控えたタイミングでした。
このとき動いたのが、上司である浜田氏でした。翌日には九州へ飛び、役員と直接会って話をつけ、承認を取り付けてきた。おかげで月内の発注に間に合い、後日、チーム全員でそのチェーンの店舗に行ってお祝いをしたといいます。
厳しさが、10年後の信頼になった
当時のTableau Japanが数字に厳しい組織だったことは、学長も隠しませんでした。売上へのコミットは絶対。浜田氏は義理と人情を重んじる人である一方、仕事には非常に厳しかったそうです。
ただ、学長自身はその環境を楽しんでいたと振り返ります。厳しさの裏側で、成果にはきちんと報いる文化があった。学長は在籍3年目にアジア太平洋地域の年間トップセールスとなり、グローバルでもトップ10入り。報奨として、ご夫婦でハワイに1週間招待されたそうです。
そしてもう一つ、時間が経ってから効いてきたことがあったといいます。学長は5年働いたTableauを離れ、MBA留学へ。転職活動をしたのは、退職から2年後のことです。それだけ間が空いていても、面接の場で「浜田氏の下で5年働いた」と伝えると、それだけで相手の受け止めが変わった。厳しい環境で5年間結果を出し続けたという事実が、業界の中で信頼として通用したのだそうです。
で、いまのTableau営業は何が違うのか
最後に、タイトルの「いま狙い目らしい」の部分です。ここが当日の結論部でした。
現在のTableauはSalesforceの傘下で、約300人規模。特徴的なのは、学長の在籍当時からのメンバーが今も要職に就いていることです。当時トップセールスだった福島氏は、現在は常務執行役員。ほかにも当時の同僚たちが、各領域のマネージャーとして組織を率いているといいます。人の入れ替わりが激しい外資ITで、10年以上前のメンバーがこれだけ残って上がっているのは珍しいことです。

そして、ここまでの説明を裏返すと、いまの営業が当時より難しくなっていることが見えてきます。
まず、デモの驚きでは売れません。BIは当たり前になり、比較対象は無数にあります。さらにAI時代のTableauには特殊な事情があります。データそのものは顧客側にあり、Tableauは持っていない。生成AIにデータを渡しても、何が売上で何が粗利かという解釈がなければ正しい答えは返ってこない。そこでTableauが押さえにいくのが、セマンティックレイヤー、つまり「このデータが何を意味するか」という意味付けの層です。現在のTableauは「Agentic Analytics Platform」を掲げ、この解釈の層を軸に据えようとしているといいます。
つまり営業の仕事は、製品を見せる仕事から、顧客のデータ活用と意思決定のあり方そのものを設計して提案する仕事に変わっています。SlackやData Cloud、SnowflakeやDatabricksを含むエコシステム全体の中で、どうデータを活かすかを語る。相手も情報システム部門に限らず、データを持つあらゆる部門です。
難易度が上がったのは事実です。ただ、面白さがなくなったわけではありません。思い出してほしいのは前半の話です。認知ゼロの市場で課題を啓蒙し、土俵を作るところから始めたのが、この会社の営業の原点でした。「まだ言葉になっていない課題を言葉にして、顧客を動かす」という仕事の芯は、当時もいまも変わっていません。 変わったのは、扱うテーマの大きさです。デモの驚きで勝負した時代とは違う種類の面白さが、いまのTableau営業にはある。学長の話を聞いて、諏訪はそう受け取りました。
そして複数のポジションで、積極的に採用が行われているとのことでした。
50分の会でしたが、10年分の話が詰まっていました。学長が「またやる」と話していたので、続編があれば諏訪もまた聞きに行くつもりです。
学長トミオから一言:
諏訪、まとめてくれてありがとうな。最後に一個だけ数字を足させてくれ。この1年で、うちのアカデミーから8人がTableauに入社してる。 職種もいろいろ、外資ITが初めてやった人もおる。みんなちゃんと立ち上がって数字を出しとるで。机4つの小部屋におった頃のワイに言うても、絶対信じへんやろな。気になる人はワイに相談してくれ。そんじゃな!